独り言
特に配慮がない
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No.285
本当に難しいなこの人は 加工したらシャツの色おかしくなったし……
フワフワのカニ、商品名が「fluffy crab」で最高だった
もしかして上司=カニ(カニパン)ってもう終わった文化すか
まぁ……言うほどカニじゃなかったしな、昔から……
ついでに現パロヴィルヘルムお花屋さんシリーズ
#小話
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条件反射の呪文も出ず、手から何かが滑り落ちた。角から床に接触した発注用のタブレット端末が断末魔を上げる。
死んだのだ。
来店早々に金属質な悲鳴を聞かされた丸い黒眼鏡の老紳士は、豊かな体躯を揺らして驚いた。
「なんと、君、大丈夫かね」
「指揮者ハマノフ」
「おや。よもやご存知ですかな」
ご存知どころではない。指揮者ハマノフ。彼が指揮するオーケストラは何度か見に行った。
同じ曲だとしても演奏や指揮の如何により何度も楽しむことができるクラシックの寛容さと、宝物のような大曲を真正面から聴く経験は他に代えがたい幸福を与えてくれる。
楽譜の表面をなぞるに留まらず、歴史まで遡って読み込み、理解と解釈を深めたことで圧倒的な表現を叶える世界的な第一人者。こんな一介の花屋を訪れるような人物ではないことは確かだ。
「なぜ」
突然の出来事に思考はオーバーフローを起こし、愚かにも疑問符を出力することしかできなかった。
「先のコンサートでこちらで誂えたという花束を頂いての。気に入ったのでひとつ孫にも見せてやろうかと」
「左様でしたか」
「とびきり綺麗で目立つ男が来なかったかね? かなり有名なはずだが」
世俗に疎い私には有名かどうかは知り得ないが、とびきり綺麗で目立つ男に該当する人物には確かに覚えがある。
「怪物のような男が一人」
「怪物!」
浮足立った脳はいまだ静止弁が機能せず、思考そのままの言葉が口を突いて出た。
対した相手はほほーう、と鳥の鳴き声のような笑い声を響かせ、「その通り」と続く声は穏やかだった。
「失礼しました」
「いやいや、正しかろうて。なにせあれで儂と同世代だからのう」
耳から入った言葉の意味を咀嚼し、目を閉じる。思い出す。目を開く。
長い瞬きになった。
何度記憶の引き出しを開けても、あの男は私と同程度の外見年齢だった。どう見ても。身なりに気を遣っている分、年下に見えたとしても何らおかしいところはない。
あの正体不明の怪物がハマノフ翁と同世代というのは──初対面の相手の心を解す、老紳士の心ばかりのユーモアだろう。
「ご冗談もお見事です」
「ほっほっほ」
老紳士はなんとも愉快そうに、朗々とした笑い声だけを響かせていた。
「孫が持てる大きさでは小さなものになってしまうが、よろしいかな」
「ええ」
金額とか利益とかどうでもよかった。今この瞬間だけは、花屋でよかったとさえ思う。
「ところで君、それは本当に大丈夫なのかね」
死後数分、床に伏せたままの金属板を示したハマノフ翁が控えめに尋ねる。
「形あるものは、いずれこうなる運命ですので」
「ほーう……」
気にしてもらうことではない、と言いたかっただけなのだが、妙に壮大な話になった。己を恥じる。
「ご令孫はどういったものがお好みですか」
「ふーむ。まだ花などよく分からんだろうし、可愛らしいものがいいと思うのだが」
「差し上げたい花はございますか」
「いや、お任せしよう」
「かしこまりました」
今までこんなにも花束が作りたかったことはない。いや、本当は作りたくないのかもしれない。
可愛らしい、子ども向けの花束。一番苦手だ。子ども向けと勝手に思い込んで自分で選択肢を狭めているのが原因なのだと思う。
主役の色は明るいものがいいだろう。顔が大きくて分かりやすく目を引くガーベラに、小さめの向日葵。色彩のトーンは黄色を中心に暖色を揃える。
横にジニアとマリーゴールド、それから淡い色のスプレーバラを少々。隙間にはカスミソウを差し、外側にアイビー。
セロファンと明るい包装紙に包んでグログランリボンでまとめる──今日の私は機嫌がいいのでシールも貼った──と、妙に元気のいい花束が目の前に現れて若干たじろぐ。世話をする私に元気がなくとも、適切にやっていれば花は勝手に元気になる。
ありがたいことだ。
「いかがでしょうか」
己の浅い「可愛らしい」の理解と経験値では、果たしてこれが適当であるかは甚だ不明だった。
「随分立派だ! 明るくて、うむ、可愛らしいのう」
正解を提出し、喜ばれたことに深く息を吐くことで、自分が緊張していたことをようやく自覚する。ハマノフ翁はうむうむと頷き、孫を想う好々爺の顔をした。
「ままごとに使わせるには勿体ない。花がよいのだろうなぁ」
「恐縮です」
使った花とラッピング用品を計算し、滞りなく会計を終える。きわめて一般的な範囲に収まったことに安堵した。豪華で派手にするのは簡単だが、少ない本数でそうと思わせずまとめるのは存外手間がかかる。
「よい記念になった、儂を知っていてくれるのなら尚のことだ。記念にサインでもさせてもらえんかね」
帰り際、思っても見ない提案がなされた。ハマノフ翁は類い稀なる善の心をお持ちなのだろう。昨日までの私は、今日この日のために生きていたのかもしれない。
「光栄です」
口にした後に気が付いた。何にだ。
脳の機能を一気に活発化させる。色紙などはない。書けそうな私物も。店の壁にでも書いてもらうか。それを剥がして持って帰る。
ふと視線を落とした先に、死後数十分が経過した哀れな金属の死体が見えた。
配達から戻った部下が、小さなイーゼルに立てられた板を見て物珍しそうに言う。
「タブレットの死体を晒し首にでもしてんのか?」
物言わぬ黒い画面には、雷が落ちたようなヒビが天井の照明を反射して光っていた。
「それは責務を全うした」
「落としただろ。どう見ても」
他責思考だな、と呟いた部下はタブレット端末を片手で持ち上げると、ほとんど無意識のうちに裏返して更に怪訝な顔をする。
「なんだこのサイン。あんたのか?」
私は衝動的に暴力を振るいたい気持ちになったが、賞賛されるべき理性で浅はかな加害性を収めることに成功した。
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日記
2025/7/20(Sun) 21:07
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条件反射の呪文も出ず、手から何かが滑り落ちた。角から床に接触した発注用のタブレット端末が断末魔を上げる。
死んだのだ。
来店早々に金属質な悲鳴を聞かされた丸い黒眼鏡の老紳士は、豊かな体躯を揺らして驚いた。
「なんと、君、大丈夫かね」
「指揮者ハマノフ」
「おや。よもやご存知ですかな」
ご存知どころではない。指揮者ハマノフ。彼が指揮するオーケストラは何度か見に行った。
同じ曲だとしても演奏や指揮の如何により何度も楽しむことができるクラシックの寛容さと、宝物のような大曲を真正面から聴く経験は他に代えがたい幸福を与えてくれる。
楽譜の表面をなぞるに留まらず、歴史まで遡って読み込み、理解と解釈を深めたことで圧倒的な表現を叶える世界的な第一人者。こんな一介の花屋を訪れるような人物ではないことは確かだ。
「なぜ」
突然の出来事に思考はオーバーフローを起こし、愚かにも疑問符を出力することしかできなかった。
「先のコンサートでこちらで誂えたという花束を頂いての。気に入ったのでひとつ孫にも見せてやろうかと」
「左様でしたか」
「とびきり綺麗で目立つ男が来なかったかね? かなり有名なはずだが」
世俗に疎い私には有名かどうかは知り得ないが、とびきり綺麗で目立つ男に該当する人物には確かに覚えがある。
「怪物のような男が一人」
「怪物!」
浮足立った脳はいまだ静止弁が機能せず、思考そのままの言葉が口を突いて出た。
対した相手はほほーう、と鳥の鳴き声のような笑い声を響かせ、「その通り」と続く声は穏やかだった。
「失礼しました」
「いやいや、正しかろうて。なにせあれで儂と同世代だからのう」
耳から入った言葉の意味を咀嚼し、目を閉じる。思い出す。目を開く。
長い瞬きになった。
何度記憶の引き出しを開けても、あの男は私と同程度の外見年齢だった。どう見ても。身なりに気を遣っている分、年下に見えたとしても何らおかしいところはない。
あの正体不明の怪物がハマノフ翁と同世代というのは──初対面の相手の心を解す、老紳士の心ばかりのユーモアだろう。
「ご冗談もお見事です」
「ほっほっほ」
老紳士はなんとも愉快そうに、朗々とした笑い声だけを響かせていた。
「孫が持てる大きさでは小さなものになってしまうが、よろしいかな」
「ええ」
金額とか利益とかどうでもよかった。今この瞬間だけは、花屋でよかったとさえ思う。
「ところで君、それは本当に大丈夫なのかね」
死後数分、床に伏せたままの金属板を示したハマノフ翁が控えめに尋ねる。
「形あるものは、いずれこうなる運命ですので」
「ほーう……」
気にしてもらうことではない、と言いたかっただけなのだが、妙に壮大な話になった。己を恥じる。
「ご令孫はどういったものがお好みですか」
「ふーむ。まだ花などよく分からんだろうし、可愛らしいものがいいと思うのだが」
「差し上げたい花はございますか」
「いや、お任せしよう」
「かしこまりました」
今までこんなにも花束が作りたかったことはない。いや、本当は作りたくないのかもしれない。
可愛らしい、子ども向けの花束。一番苦手だ。子ども向けと勝手に思い込んで自分で選択肢を狭めているのが原因なのだと思う。
主役の色は明るいものがいいだろう。顔が大きくて分かりやすく目を引くガーベラに、小さめの向日葵。色彩のトーンは黄色を中心に暖色を揃える。
横にジニアとマリーゴールド、それから淡い色のスプレーバラを少々。隙間にはカスミソウを差し、外側にアイビー。
セロファンと明るい包装紙に包んでグログランリボンでまとめる──今日の私は機嫌がいいのでシールも貼った──と、妙に元気のいい花束が目の前に現れて若干たじろぐ。世話をする私に元気がなくとも、適切にやっていれば花は勝手に元気になる。
ありがたいことだ。
「いかがでしょうか」
己の浅い「可愛らしい」の理解と経験値では、果たしてこれが適当であるかは甚だ不明だった。
「随分立派だ! 明るくて、うむ、可愛らしいのう」
正解を提出し、喜ばれたことに深く息を吐くことで、自分が緊張していたことをようやく自覚する。ハマノフ翁はうむうむと頷き、孫を想う好々爺の顔をした。
「ままごとに使わせるには勿体ない。花がよいのだろうなぁ」
「恐縮です」
使った花とラッピング用品を計算し、滞りなく会計を終える。きわめて一般的な範囲に収まったことに安堵した。豪華で派手にするのは簡単だが、少ない本数でそうと思わせずまとめるのは存外手間がかかる。
「よい記念になった、儂を知っていてくれるのなら尚のことだ。記念にサインでもさせてもらえんかね」
帰り際、思っても見ない提案がなされた。ハマノフ翁は類い稀なる善の心をお持ちなのだろう。昨日までの私は、今日この日のために生きていたのかもしれない。
「光栄です」
口にした後に気が付いた。何にだ。
脳の機能を一気に活発化させる。色紙などはない。書けそうな私物も。店の壁にでも書いてもらうか。それを剥がして持って帰る。
ふと視線を落とした先に、死後数十分が経過した哀れな金属の死体が見えた。
配達から戻った部下が、小さなイーゼルに立てられた板を見て物珍しそうに言う。
「タブレットの死体を晒し首にでもしてんのか?」
物言わぬ黒い画面には、雷が落ちたようなヒビが天井の照明を反射して光っていた。
「それは責務を全うした」
「落としただろ。どう見ても」
他責思考だな、と呟いた部下はタブレット端末を片手で持ち上げると、ほとんど無意識のうちに裏返して更に怪訝な顔をする。
「なんだこのサイン。あんたのか?」
私は衝動的に暴力を振るいたい気持ちになったが、賞賛されるべき理性で浅はかな加害性を収めることに成功した。
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