独り言

特に配慮がない

No.93

鬼滅の刃読んだ 長く、ネタバレがある

竈門炭治郎って人は善い父と母、弟と妹と暮らしあの年で「生活は苦しいけど幸せ」と感じ取ることができるほど己の人生の中の幸福観を確立しており、やがて鬼籍に入った父の役割を担い、家族と生活をやっていく性根がある。
大正時代が舞台だからと言えばそれまでだが「長男/男だから」という言葉で己を鼓舞してやり遂げる意思があまりに強い。こういう思想は現代でも押し付けられたものでない限り持つことは自由であるはずだが、現代はとにかくそういった役割のカテゴライズ表現を避けざるを得ない部分があるので「俺は長男だから大丈夫だ!!!」と言い切ってくれるのが快かった。

第一話だけでも竈門家の性根が善であることが充分描かれており、その日常が奪われる描写は一瞬(でも現実でも奪われるときは予兆なんてないし)で、全てが起こった後の現場で大混乱しているうちに助けに来た男が急に叱ってくる事態で混乱が混乱を呼んで展開が読めなくて面白くなっている。
読み進めてから思い返すとここで来たのが義勇でよかったな、他の柱なら一応話を聞いたうえで有無を言わさず殺していただろうということが分かる。義を見てせざるは勇無きなり、この男、名前があまりにも主人公なのだ
義勇も鬼に家族を殺され殺された家族に守られて今生の世に残り感情ないなった人ではなく「俺は何もしていない」という自責の念にやられ続けており、その後どんなに努力をして強くなって他者から認められる地位にたどり着いても己の根幹にある後悔と絶望はどこまで行っても潰えることがない口下手で悲しい男だった。「俺は水柱じゃない」というのも「俺はあなた方のような立派な人間ではないので同列に語らないでいただきたい」という……これさ~他の人間を素直に尊敬する心もあるがそれはそれとして自分がそうなれなかった劣等感にやられた人間の「お前たちはすごいのだからこういえば分かるはずだろう」という言外の甘えがあるとすれば……私にも刺さって死ぬのだが。
「俺は頭にきてる」とかもうすごいよこの作者の描くキャラクターの言葉、コマ送りの空気間と場面転換のテンポによって義勇というキャラが魅力的に描かれている。読者の心理にずっと残るほど義勇の過去の悲しみと卑屈さを長く書きすぎないというか、やっぱ本編に盛り込むエピソードの取捨選択がうまい。各キャラの人生を深く作りこんでいることは単行本の幕間でよく分かるし、そこまで作った中のごく一部だけを作品に使いあとは出さない勇気よ。
最後には笑顔を見せるようになり卑屈にもならなくなってきたというのでよかったねと言うほかない。若いうちに凄惨な出来事を受けてこうなってしまいまだ割り切れるほど時間が経っていない人間をめんどくせー男という一言で済ませるのもある種残酷だし……デケぇことを成し遂げても自信が身に付かなかったら悲しすぎるから
音柱ご一家と温泉行ってるほんわかエピソードだいすき よかったね

鱗滝さんが出てからずっと良くて涙が流れていた。おそらく鱗滝さんが出ているシーンで一番泣かされている。
禰󠄀豆子を認めたのも炭治郎に修行を付けたのも、もう子どもが死ぬのを見たくなくて最終選考にやりたくなくて無茶な課題を出した気持ちもすべてがいい。炭治郎を「この子は優しすぎる」と評価していたが鱗滝さんが優しい人じゃなかったらこの世に優しさなんか存在してねーだろうよ。最終選考から帰ってきた炭治郎抱えて泣いてたのめちゃくちゃ人間の感情で嬉しかった。柱会議で義勇と鱗滝が腹を切ってお詫びしますって言うのも……覚悟の人過ぎる。じいちゃん……

鬼滅の刃ってキャラクターの誰も彼もにちゃんと感情が備わっていて、作者の設定としてこのキャラは泣かないとかそういうのがなく、どんなキャラもめっちゃ怒るしめっちゃ泣くのがいい。敵に奪われた悲しみと怒りがずっとあって、未来に繋げる喜びを持っている。
不死川が本当に大切な最後の家族の弟を殺されてボロボロ泣いて俺の弟をよくもやりやがったな!!ってグチャグチャな顔で啖呵切って戦うのすげー悲しくてよかった。嘘。よくない。悲しい。
柱会議で禰󠄀豆子ボコした不死川も家族が鬼になった悲しみを持っている悲しみの輪廻で……。このキャラなりの始末の付け方というか妹が正真正銘鬼になれば殺せるだろうというある種の優しさというか、お前の妹だけ都合よく助かるわけねぇよとか、禰󠄀豆子を殺すことで発生する炭治郎の怒りと悲しみもまとめて引き受けることを苦にしないというか……すげー感情グチャグチャそうでいいな、不死川……。
苛烈な激情型なのに産屋敷にはちゃんと敬語で喋っててすげぇ沼を作るのがうまいよ最初に恫喝したところも含めて。善逸が「オッサン」て言ってたけど絶対オッサンじゃないし……

時透くんが無一郎になったら萌え萌えになって大喜びした 双子というのも最高、二面性のある可憐な少年が嫌いな人なんていないよ~炭治郎以外の弱い隊員にはスン……としてるとこもいい。年頃の少年らしいかわいさがある。
有一郎の「いつも俺には余裕がなかった。人に優しくできるのも やっぱり選ばれた人間だけなんだよな」って台詞が重たいし死の淵でそう考えて後悔と絶望してるの救いがなさすぎる。
無一郎が胴体切断されて死んで悲しかったんですよこの子には主人公組と一緒に生きて炭治郎と異常距離感の友情を育んでほしかったの俺は!!!最終話で未来の時代を描くことになったとき無一郎に相手がいないからっすか!?

あまりに有名になり漠然とした知識を持っていた煉獄さんが超いい奴として出てきてそのまま多くの人を守って散ってしまってすげーびっくりした。こんなに人間に対して善性を保ったまま鬼を憎んで戦える人が……死ぬのか序盤で。師匠ポジを後まで残すと最強格の描写がムズくなってくるからか?
父親がボロボロになってもそれを否定せずに受け入れて俺が炎柱として頑張るぞ!!!って言えるの志が高すぎる。炎柱の家系に生まれたが身内を鬼に喰われた描写はなかったし本当に受け継いでいくという使命感のみでここまで高潔になれるのか?
炭治郎がずっと煉獄さんに伝えられた「心を燃やせ」という言葉を抱えて無惨まで戦い抜いたのが本当にいい、この人は死んでからのほうが存在がでかい。それまでに残した強烈なインパクトがあってこそだけど、煉獄さんの死という絶望と悲しみを乗り越えて残された思いと教えをずっと抱えて炭治郎が成長したことがちゃんと分かるようになっている。
やさぐれて飲んだくれになって修行も放棄したかつての柱である父親に遺した言葉が「体を大切になさってください」なのはさすがに思い出すと泣いてしまう。この父親はこの話に出てくるキャラの中ではだめな部類として描かれており存在がデカすぎる息子を失ってようやく地獄の底から舞い戻ることができたのでよかったのだが……大人になってから打ちのめされると本当に立ち上がれなくなるのもリアルだな。もう骨が硬く脆くなってしまっていて一度折れたら元に戻らなくなってしまうというか……

キャラとしては音柱が好き。三人奥さんを娶る甲斐性があり、己の中の優先度第一位がその三人の妻であり、その次は堅気の人間、その次が自分と言い切れる男だから
「俺に才能なんかあるように見えるのか」って言うのもそれまでの言動を鑑みると冷静で超然としていない、傲慢不遜な派手を司る神なのに……こういうカマす外の顔と内面に抱えた感情がそれぞれキャラにあっていいよな~この漫画。
図体がデカいと感じたのは私が忍者というものは小柄で俊敏という思い込みがあるからだな……どんな忍者がいてもいい。引退したら顔がよくてすごかった 妻たちと幸せになってほしい

蛇柱と恋柱がどっちの生い立ちも文通(かわいすぎ)もすべてが萌え萌えで最高でここだけ少女漫画やってたのに結局二人とも死んで来世は一緒になろうネみたいな展開でおい死ぬな!!あんたたちの子が見たいのこっちは!!!という感情で無事狂うことができました。無惨が許せねぇよ
この二人可愛いんだよな~お互いに優しくて並んだ時もバランスがいい。蜜璃ちゃんは伊黒さん優しい~ってなってるし伊黒さんは蜜璃ちゃん大好きすぎて二度と馴れ馴れしく甘露寺に近づくなよ……て私怨むき出しなの最高 ぜんぜん自分を抑えられてない 怨嗟の声がまた炭治郎を強くしてしまう この人たちは何か罪を犯したんですか?←最高に好き

黒死牟の「こちらも抜かねば……」がネットミーム元ネタと知った後で「お労しや兄上」が重要な台詞でびっくりした。名作になると名シーンがあまりにも安易にネットミーム化されて消費されてしまう。
老いさらばえた縁壱が兄を斬れていたらすべてがよかったけどそうはならなかった物語、俺はつらい 耐えられない

竈門家は日の呼吸の創始者じゃないけど受け継いだだけというのが「竈門家は特別な家柄ではない」というあらわれなんだろうか。それだと炭治郎は長男だから気合と修行ですべてを解決したウルトラすごい男ということになるが……。でも鬼になる才能もあるし……どうなんだ。
炭治郎が死にかかってると家族が出てきて鼓舞するの、ずっと家族を失ったことを忘れさせないでいいよな。

鬼無辻無惨が強い力を奮って奪うことに躊躇いがなく他者の弱さを認めず部下も仲間と思わず人の話を聞かず傲慢で改心しないキャラで鬼だった。悪役でのみ輝くことができる存在がちゃんとその舞台に立っている
自分勝手だからこそ殺されそうになったら潔く逃げるのより最悪でよかった。肉体を分裂させて逃げるとかもう絶対死にたくない奴じゃん。自分だけ。最悪。死ななきゃ安いの体現者
「私という天災に逢ったた死んでも仕方ないのに敵いもしない人間ごときがチマチマ盾突いてきて迷惑している」という思想と台詞にすべての傲慢さが詰め込まれていたしこの最悪さが天災側の人間への認識として正しいと感じさせるのもすごい。人の形があって会話が出来て弱点があって倒せる可能性があるとしたら我々も天災に対して確固たる憎悪を持って何代かけても必ず倒すってなってるだろう。

人間に何を言われても改心しないし食料ごときがウザいわーと思ってるけど自分が死ぬ段になり最後ようやく炭治郎に「お前は最高の鬼になる素質がある!!!」って己の成し遂げられなかった意思を受け継がせようとしてるのが結局人間がやってることと一緒でハァ~それだよ人間が連綿と繋いできたお前を倒すという絶望と希望の感情は……わかったか?と言う気持ちでいっぱいです。因果応報?違うか。

鬼と戦ううちにみんな腕ないなってしまってエ!?ないじゃん腕が!?という気持ちです ないじゃん 足も

単行本で読んだら合間合間に中高一貫キメツ学園の設定がブン投げられていて嬉しくて大喜びしてしまった すげ~助かる~現代学生パロディ大好き みんな腕あるし 最高

私は怒りが好きなので素直に怒れなくなりたくないと思っている。ちょっとこの感情の言語化がまだ難しいが、発生した怒りに対してなぜ?どうして?って考えて自分を知ろうとしているのかも。鬼滅はみんな自分の感情をよく理解していて行動に一貫性があってよい畳む

感想


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